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IFRSの基本 連載第1回:IFRS をめぐる動き(その1)

手塚 正彦氏

有限責任監査法人トーマツ パートナー 公認会計士

1.「IFRS 基礎講座」連載にあたって

最近、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards=IFRS)に関する記事が新聞紙上やビジネス誌に頻繁に取り上げられています。また、IFRS に関する本の出版も、一般ビジネスマン向けの入門書から専門的な会計基準の解説書に至るまで数多く出版されています。こうした状況は、IFRS を日本の会計基準として導入するかどうかが、日本の資本市場の競争力、ひいては経済の競争力に影響を及ぼすかもしれない問題であるということが、広く認知されてきていることを示していると言えるでしょう。

IFRS とは、国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board=IASB)という団体が、世界標準として各国に採用されることを目的として開発している会計処理および財務報告に関する基準です。今世紀に入って急速にその存在意義を増してきており、すでに世界100 カ国以上で採用されている、あるいは採用されることが決定されています。後述するように、現在わが国おいてもその採用に向けての準備が急速に進められています。

本シリーズ「IFRSの基本」は、Web コンソーシアム会員の皆様に、IFRSについて正しく知っていただくことを目的として配信するものです。今回を第一回目して、原則として毎月2回配信いたします。皆さんには、毎回15分時間を作っていただき、IFRS に関する知識の整理のために活用いただけますと幸いです。

2.IFRS 採用に向けての日米の動き~ロードマップ案の公表まで

2008年8月27日、米国証券取引委員会(U.S. Securities and ExchangeCommission=SEC ※1)は、IFRS を米国内の上場企業が作成する連結財務諸表の作成基準として採用するためのロードマップ(工程表)案を公表すると発表しました。その後、2008年11月14 日に、SEC はロードマップ(案)※2を公表し、2009年4月20日にこの案に対する意見の募集を終えています※3。

米国は2007 年からIFRS の採用に向けて大きく舵を切っており、2007年11月15日には、米国証券市場に上場している外国企業(Foreign Private Issuers=FPI)※4 に対して、IFRS に基づいて作成した財務諸表を、米国会計基準との差異に関する調整表なしで提出することを認めました※5。それに引き続き、今度は、米国籍の上場企業に対してもIFRSの採用を認める方針を示したわけです。

昨年8月27日のSEC の方針表明は、わが国のIFRS採用をめぐる戦略に非常に大きな影響を与えるものでした。この表明を受けて、関係各筋から、わが国においても至急IFRS採用に向けてのロードマップ案を示すべきであるとの意見が強く打ち出されました。たとえば、日本公認会計士協会は、2008年9月3日に欧州視察報告を公表し、IFRS 採用に向けての課題を明らかにするとともに、採用に対して積極的な姿勢を示しました※5。日本経団連は、2008年10月14日付で、「会計基準の国際的な統一化へのわが国の対応」※6を公表し、同じく、IFRSの採用に向けての具合的なロードマップを早急に作成すべきであるとの提言を行っています。

こうした動きを受けて、金融庁も、2008年10月より企業会計審議会企画調整部会※8 を開催して、IFRS 採用に向けて本格的な議論を正式に開始することとしたのです。企業会計審議会企画調整部会は、昨年12月16日および本年1月28日にも開催され、2月4日に「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」を公表し、本年4月6日を期限として公の意見の募集を終えています。

このように、昨年の夏以来、日米ともにIFRS の採用に向けて突き進むかに思われましたが、今年に入り、米国の動きに変化が見られました。

※1 SEC は、米国の証券市場を監督する機関であり、わが国では金融庁が同様の機能を担っています。

※2 SEC が公表したロードマップ案によれば、米国では、2009年12月15日以後終了する事業年度から特定の要件を満たす大企業についてIFRS の先行適用を認め、2014年から2016年までの3年間にわたって段階的に上場企業に対してIFRSの採用を義務付けることとされています。なお、IFRSの採用の当否については、2011年に最終決定されることとなっています。

※3 当初、2009年2月19日をコメント期限としていましたが、12月決算がほとんどの米国上場企業にとって、決算開示作業の繁忙期にあたる2月19日の期限は現実的ではないこと、またIFRS の採用が単に会計基準の変更にとどまらず、企業全体の活動に大きな影響を及ぼすため、コメントするためにはより詳細な影響調査が必要であることを主たる理由として、米国大企業や業界団体から、コメント期間を延長するよう要望が出され、コメント期限は4 月20 日に延長されました。SEC のウェッブサイトにて、ロードマップ案に対する意見を見ることができます。

http://www.sec.gov/comments/s7-27-08/s72708.shtml

※4 FPI は、わが国では、トヨタ、三井物産、NTT、ソニー、パナソニック等、約30社が該当します。

※5 SECは従来、外国企業に対して原則として米国会計基準によって作成された財務諸表の提出を求めており、外国企業が米国会計基準以外で作成された財務諸表を提出する場合には、その外国企業が採用した会計基準と米国基準との相違から生じる財務諸表上の差異を調整する表を添付することを求めていました。

※6 http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/post_1041.html

※7 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/071/index.html

※8 企業会計審議会は、金融庁長官の諮問機関であり、2001年に会計基準設定主体である企業会計基準委員会が設立されるまでの間、旧大蔵省時代から、わが国における会計基準設定主体としての役割を担っていました。わが国におけるIFRSの採用については、同審議会内の企画調整部会において議論されました。

http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/top_gijiroku.html#kikaku

3.米国の逡巡~世界標準化に向けての2つの不確定要因

2007年夏から顕在化してきた米国におけるサブプライム・ローンの不良債権化に端を発する世界金融危機は、2008年9月15日の米国証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻によって決定的なものとなりました。この日を境に、実体経済の急速な悪化が明らかとなり、リーマン破綻以後の世界経済の減速・後退は、100年に一度のものと言われるほど大規模かつ急激なものとなりました。この世界的な金融・経済危機は、IFRS が会計基準の世界標準となるために克服しなければならない大きな課題を浮き彫りにしました。また、折しも米国の政権交代が本年1月20日に実現しましたが、前政権と現政権におけるIFRSに対する認識の違いを伺わせる出来事が起こり、米国のIFRS採用が現在公表されているロードマップ案どおりに決定されるかについて懐疑的な見方も浮上しました。以下に、2つの不確定要因について述べます。

(1)IASB のガバナンス問題~金融危機と時価会計の緩和

2008年の9月下旬から、日本経済新聞等に時価会計に関する記事が頻繁に掲載され始めたことを覚えている方もいらっしゃるでしょう。時価会計とは、IFRSの特徴である「公正価値評価」のことを表現する言葉であり、極論すれば、IFRSを象徴するものとも言えるでしょう。わが国でも、今世紀初めの会計ビッグバンの際に金融商品会計基準を導入し、株式等のいわゆる金融商品のうち時価のあるものについて、従前の取得原価評価から時価評価に転換しました。

ところが、未曾有の金融危機下で金融商品の時価が急速に下落すると、時価会計のもとでは、金融機関がその保有する金融商品について多額の損失を計上せざるを得ないこととなりました。国際業務を行う金融機関は、国際決済銀行(Bank for InternationalSettlements=BIS)の規制によって自己資本比率を8%以上に保つことが国際業務を行う条件とされています。このため、時価会計の厳格な適用によって保有金融商品の評価損失が多額に上り、自己資本が毀損して自己資本比率が低下すると、その金融機関は国際業務から事実上撤退することを余儀なくされます。その結果、金融機関全般に対する信用不安を招き、経済状況の悪化に拍車をかけるおそれがあります。こうした状況を受けて、欧州委員会(European Commission=EC)は、欧州金融機関の信用を維持するために、IASBに対して金融商品の時価会計に関する基準の改訂を求め、結局、IASBは、本来求められる基準改訂に係る公開草案の公表というデュー・プロセスを省略して金融商品の時価評価基準を一部緩和しました。

欧州における金融商品時価評価緩和の動きに、米国と日本の会計基準設定主体も追随しましたが、このような会計基準適用に係る混乱は、現状のIASB が政治的圧力等に対して公正不偏な立場を保持できるかどうかについて疑念を呼ぶこととなり、会計基準設定主体としての独立性・公正中立性の保持に関して大きな課題があることを浮き彫りにしました。このことに対しては、特に投資家側から大きな批判が寄せられており、IASB のガバナンスを確立しない限りはIFRS を国際標準の会計基準として採用することは適当ではないという議論を改めて巻き起こす危険をはらんでいます。

(2) 新SEC 委員長Mary Shapiro 氏の発言

2009年1月20日、バラク・オバマ氏が米国第44代大統領に就任し、民主党政権のもとで米国は未曾有の金融・経済危機の克服に向けて第一歩を踏み出しました。これに先立つ1月15日に、米国議会において、SEC の新委員長であるメアリー・シャピロ(Mary Shapiro)氏から米国のIFRS の採用について以下のような発言がありました。

1. IFRSは米国会計基準のような詳細な規則を定めていないため、世界中で首尾一貫した解釈あるいは適用がなされないのではないかと思われる。

2. 会計基準を米国基準からIFRSに転換するために米国企業が費やすコストは莫大になるので、この経済危機下において、IFRSの採用を進めるべきかどうかは慎重に考える必要がある。

3. 最も懸念されるのは、IASBの独立性とIASBが基準を設定するプロセスを徹底できるかどうかを監視することが可能か否かである。


以上の3つの懸念から、シャピロ氏は、次のとおり、IFRSの採用についていったん立ち止まって全体を見直すこと、そして、必ずしも現在公表されている案にとらわれないことを表明しました。

「So, I will tell you that I will take a big deep breath and look at this entire area again carefully, and will not necessarily feel bound by the existing roadmap that is out there for comment.」(シャピロ氏の発言)

この発言が、IFRSの採用の是非についてゼロベースで見直すという意味なのかどうか当時様々な憶測を呼びました。現実に、SECはロードマップ案に対するコメント期限を当初の2月19日から4月20日に延長し、その間、米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board=FASB)などからIFRS の採用に対して慎重なコメントが提示されました。

4.それでもIFRS を採用する意義はあるか~世界統一基準の価値

IFRSの世界統一基準に向けての動きについては、以上のような重大な不確定要因が生じてはいるものの、投資家に対して比較可能な企業財務情報を提供するという観点から、全世界で統一的に適用される会計基準の価値についてはシャピロ氏も認めているところです。したがって、経済活動が国境を越えてグローバル化している現代において、「世界統一基準」としてのIFRS の価値は相変わらず大きく、日米においてもその採用に向けて継続して検討されています。次回は、IFRS を巡る最近の動きについてアップデートします。

第二回に続く

※文中意見にわたる部分には執筆者の個人的な見解であり、執筆者の属する組織の公式な見解ではありません。

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